| 「この時点でミスチョイスをすること」の意味。 |
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 この世に生を受けて24年が過ぎ、11月には25歳になります。
小学校・中学校・高校・大学と、 「"とりあえず"とか"なんとなく"で歩んできた」感が どうしても否めない、と最近考えることが多くなりました。
僕の友人に「それってホントにしたいことなの?」と ズバリッ!! とよく言う奴(君だよ!!)がいます。
例えば、僕はもうすぐ25歳。 厚生労働省の統計では、平均余命は54年。 このことから考えると、 人生の3分の1の時点がすぐそこまで迫っていると 考えることも出来ます(ちょっと極論かもしれないけどw)。
もちろんこれから生きていく上でいろいろな事が起こるだろうから、 それよりも長かったり短かったりするでしょう。
今日バイト中に、不意にその友人の言葉を思い出して、 気がついたら作業の手を止め、2・3分考えてる自分がいました。
ちょっと宗教的?な浅い考えを披露してしまうかもしれませんが、 今の自我を持った人生は一度しかなくて 例えば本当に来世なんてモノがあったとして、 来世の自分が前世で何をしていたなんてことは覚えてないわけですよね (実際、僕は前世で何をしていたのか知らないしw)?
ならやっぱり、やってみたいことをして 「一度しかない現世を自分の思うように生きてみる。」ことは、 絶対的に大切なんじゃないのかと・・・。 (悔いて死んでも、来世でやり直しは利かない?)
結果的に一年後、 今の考えてる職業とは異なる職種についていたとしても, やりたいことに挑戦してみた結果なら、 最初からやりたいことを捨てて "とりあえず"とか"なんとなく"で決めた自分の未来よりは その後の成り行き様も違うんじゃないかと。
少なくとも、ため息を吐きながら人生を過ごしたくない。
というわけで、全力で将来のために頑張ります。 遅まきながら今、このブログを書いていて決心がつきました。
writing with "槙原敬之 - 明けない夜が来ることはない"
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3月12日(日)02:09 | コメント(2) | 就職活動。 | 管理
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